市民講座:救え!世界の食料危機~ここまできた遺伝子組換え作物~
【概要】 すでに世界の人口は65億を超え、2050年には90億に達すると言われている。人口増加に加えて、砂漠化や水資源の枯渇、土地の荒廃などを考慮すると世界的な食糧不足に陥る危険性が高い。それを回避するための方法として遺伝子組み換え技術がある。この遺伝子組み換え技術についての市民向け講座です。 【プログラム】 ・もっと発揮できる植物生産力 ・畑のサプリメントよ、こんにちは ・微生物の力で害虫をコントロール ・雑草から作物を守れ ・ウイルスから救われたハワイのパパイヤ ・ご飯を食べて花粉症治療 ・夢の青いバラを目指して 【内容】 (1)もっと発揮できる植物生産力 横田 明穂(奈良先端科学技術大学院大学・教授) 今回の講座の概要というか、「はじめに」に相当する講演でした。 日本の耕地面積(500万ha)で作れる穀物のカロリーは年間100兆キロカロリー。人口1億2,000万人が必要なカロリーに相当する。しかし野菜や家畜の飼料も必要になるため、人口に対して耕地面積が完全に足りない。それを補うためには遺伝子組み換え技術が有用である。 植物が理想的な状態で育った場合に収穫できる生産量を100とすると実際に畑でとれるのはだいたい23~25%に過ぎない。害虫や乾燥、日光の遮蔽、雑草による土の栄養分の搾取などといったストレスが原因である。 遺伝子組み換え技術を使えばこれらストレスに強い作物を作ることも可能である。実際に後援ではそれらの成果を、写真を交えて紹介していた。 (2)畑のサプリメントよ、こんにちは 重岡 成(近畿大学・教授) ビタミンなどの補うためにサプリメントを飲む人が多いが、これら栄養素をサプリメントではなく日常の食事で手軽に摂取できないかと考え高栄養価の食物を遺伝子組み換え技術で作った事例(例えばゴールデンライス)について説明していた。 “畑のサプリメント”というとわかりにくいが、要は高栄養価の食物です。菌を使って栄養成分や有用成分を作る研究は古くからやられているが、そのまま食べることができて精製コストがかからない分、安く安全に作れるそうです。 菌による方法、化学合成法とこのような植物に作らせる方法の比較がありましたが、遺伝子組み換え技術の良いところと、その他の悪いところの比較表という感じで、眉唾でした。質問の時にもその辺突っ込まれてましたね~。 (3)微生物の力で害虫をコントロール 佐藤 令一(東京農工大学・教授) Bacillus thuringiensisという細菌がいる。葉っぱ、土壌、その他至る所にいる細菌ですが、その中の一種に昆虫だけを殺すものがいる。その毒のことを“δエンドトキシン”などと呼ばれる毒素であるが、ハチや人間などには害がない。この毒素を作る遺伝子をトウモロコシやポテトなどに組み込んだものをBtコーン、BtポテトあるいはBt食品と呼ぶ。 この毒素を使った農薬も市販化されており、50年使われていて安全性も実績があるという。さらにどこにでもいる細菌の毒素のため水源近くでも使用可能という。Bt食品に関してもアメリカでは13年の流通実績があり、日本でも2008年現在50品種が登録されていて、販売も認可されている。 Bt食品以外は多量の農薬を使うため、化学農薬を大量に使った遺伝子組み換えでない食物よりも安全であり、トータルコストも安くなると言う。 確かにここで言っていることも一理あり、人間にも害がある化学農薬を大量に使ったものよりも安全かも知れない。でも安全だと言っている割には今回の発表も穴だらけ。質問でコストを聞かれたときに、このBt農薬が安くならない理由として、Bt菌はたくさんいるが、昆虫を殺すBt菌は少ないからと言っていた。一方、安全性を謳うときはどこにでもいる菌だから安全と言っていた。この2つは明らかに矛盾するものである。 僕、個人的な意見を言わせてもらえば、おそらくこの毒素を生成する遺伝子を組み込んだ食物でも安全ではあると思うが、今回の発表のような抜けの多い発表を聞くと、市民を騙しているという印象を持ってしまう。 (4)雑草から作物を守れ 田部井 豊(農業生物資源研究所) 前の講演では、植物が害虫から身を守るために毒素を生成する遺伝子を組み込んだものでしたが、この講演では除草剤で枯れないように耐性を持たせた植物の話です。 まずはじめにグリホサートという除草剤の作用メカニズムについて説明。この物質は植物がアミノ酸を作る酵素を阻害することで必須アミノ酸が合成できなくなって枯らす。この酵素は雑草だけでなく穀物などにも含まれているため作物も枯らしてしまう。しかし動物はこの酵素を持たないので動物には害がない。(食塩よりも毒性が低いと言われている。) しかし、細菌や一種のトウモロコシからこの物質に耐性を持つ変異型酵素が発見された。この変異型酵素を作る遺伝子を他の作物に導入することで除草剤に強い植物を作ることができた。 (5)ウイルスから救われたハワイのパパイヤ 小泉 望(大阪府立大学・准教授) パパイヤはハワイではパイナップルに次ぐ農産物。かつてはオアフ島を中心に栽培されていたが、1950年代にパパイヤスポッティングウイルスにより壊滅的な被害を受けた。その後ハワイ島を中心に栽培されるようになったが、ウイルスがハワイ島に拡がれば、深刻な事態になると、遺伝子組み換え技術を用いてウイルス耐性パパイヤを研究し始めた。 ワクチンと同様、植物にもウイルスの遺伝子を組み込むとウイルス耐性を持つことが知られていたため同様の手法でウイルス耐性パパイヤが作られ、1992年4月にオアフ島で試験栽培がなされた。そしてその1ヶ月後、ハワイ島で恐れていたウイルス感染パパイヤが発見された。環境庁、食品医薬局、農務省の認可を得て、サンアップという品種として栽培が始まった。さらも従来のカポホとサンアップを掛け合わせて、ウイルス耐性を持ち、従来品種よりもおいしいレインボウが完成した。 現在はタイなど東南アジアで作られる品種のパパイヤにウイルス耐性を持たせる研究もしている。 (6)ご飯を食べて花粉症治療 高岩 文雄・高木 英典(農業生物資源研究所) 花粉治療の効果のあるお米というのは、普通のニュースでも報道されたことがあるくらい有名だが、その話です。花粉症は抗ヒスタミン薬など症状を緩和する方法が一般的ですが、根治的な治療法は減感作療法しかない。アレルゲン物質を2,3年間注射することから長期的通院が必要になることからあまりこの方法を用いる人はいない。そこでアレルゲンの一部を作る遺伝子をコメに導入したものを食べることで同じ効果を出そうというものである。経口免疫寛容というこの方法は、今までの方法よりも患者への負担が非常に少ない。 種子はもともと発芽に必要な栄養分を安定に効率よく保存する構造になっていることから、作られたアレルゲンの一部分も安定に貯蔵できるために都合が良く、コメを選んだそうだ。実際にご飯に炊いてもアレルゲンは破壊されず、マウスやサルで効果を上げている。 しかし、このコメは特定健康食品ではなく医薬品扱いになることから、厳格な臨床試験を必要とし、生産にもGMP(医薬品及び医薬部外品の製造管理及び品質管理の基準)を遵守しなくてはならない。 (ここからは僕の感想です。)農作物自体が医薬品になるというのはこれまでに例がなく、新しいことに腰の重い厚労省が積極的にこのコメを認可するとも考えにくく、GMP準拠の農作物の生産ガイドラインもないことから、今後すぐに実用化されるということはなさそうで、残念です。 (7)夢の青いバラを目指して 中村 典子・田中 良和(サントリー株式会社植物科学研究所) まずはじめに花がどのようにして色を獲得するかについてしていました。大きく分けるとフラボノイド系、カロテノイド系、ベタイン系の色素があり、このうち黄色から青まで広いスペクトルをもつフラボノイド系を詳しく説明。ジヒドロケンフェロールという物質からシアニジンが作られれば赤に、ペラルゴニジンが作られればオレンジに、デルフェニジンが作られれば青になる。 カーネーションではジヒドロケンフェロールからデルフェニジンを合成する酵素がないため、青いカーネーションがない。そこでペチュニアからこの酵素を作る遺伝子をカーネーションに導入することで青いカーネーションを作った。 バラではペチュニアの遺伝子を入れてもうまく発現されずに失敗。そこで種々の花を試した結果、パンジーの遺伝子を導入したバラがうまく青くなった。最初の取り組みから14年がたっていた。 講演が終了後、この青いカーネーションを1本いただけました。以前も別の機会にいただいたことがあるのですが、きれいと言うよりも、やっぱり人工味のする、違和感のある花で、正直好きではないです。。。 今の時代、遺伝子を組み込むというのはおそらくそれほど難しい技術ではないと思います。でもその遺伝子をうまく発現させるのってどうやってやるんだろうか。。。今回は市民講座と言うことで、そこまで突っ込んだ発表はありませんでした。 上述したとおり、僕的にはきちんと設計した遺伝子組み替え作物ならばそれほど危険ではないと思います。でも栽培していく上で、あるいは既存の種と交配したりして遺伝子が変異したらやはり危険がないとは言えないと思います。その辺のコントロールをどうするかにまだ課題があるのではないかと思います。例えば、二世代目が作られないように遺伝子操作するとか、種子の遺伝子検査をして変異が起きていないと証明されたものしか栽培してはいけないとか。 設計も、きちんと設計していたつもりでも例えばマイクロソフトのWindowsなんてバグだらけです。同じように遺伝子組み換え作物もきちんと設計しているつもりでもバグがあったりしてへんな挙動をしないかなども証明することが望ましいと思います。 今回の発表でも「良いことばかりを発表しているつもりはありません。」と言っている割に、穴だらけの発表をしている科学者を見ると、危険性を隠しているんじゃないかと心配にもなります。 遺伝子組み換え作物をのっけから否定するつもりはありませんが、やっぱりちょっと心配ですよね~。 以前は遺伝子関係の仕事をしていましたが、最近はSEに異動して、こういう話から遠のいていたので、新鮮で楽しい時間でした。。。 |
今回の発表をさらに充実させたものが出版されています。→救え!世界の食料危機 ここまできた遺伝子組換え作物
遺伝子組み換え作物をテーマにしたミステリー小説:かぐやひめの遺伝子
この記事へのコメント
ホントに人口倍増ですね~。
何もしない農薬なども使わない自然農法の作物だけで60億の人口と家畜などが食べる作物をまかなうことができれば、それに越したことはないと思います。しかし残念ながらまかなえるほど耕地は広くないのが現状です。
科学者は安全と言っていても、本当にそうなのかわかりませんよね。PCBだって石綿だって当時は毒性があるとは思われていなかったのに、今となっては。。。もしかしたら100年後、遺伝子組み換え作物なんて毒性の高いものよく食べてたよなぁ~なんて言われている時代が来るかも知れません。
簡単に結論の出せない難しい問題ですよね。
遺伝子組換えに関するネガティヴなイメージを払拭するには、従来の品種改良とどう違うのか、どういう安全性評価がされているのか、反対派の言っているような疑念に丁寧に答えていかないと、理解を得るのは難しいでしょう。
反対論の方が格段にわかりやすく、“感情”に訴えられる内容ですからね。
長期的な影響が不明だというのは、遺伝子組換えに限ったことではなくて、現在出来る範囲での安全性をきちんと審査することで推進していけば良いと僕は思っています。
不満はありますが、現在の最前線の情報が聞けて、楽しかったですよ。今度は、もっともっとわかりやすい情報提供をする。そうした努力を研究者や行政に求めたいと思います。
日日不穏日記も参加されていたんですね。
人は感情にながされやすい生き物です。今回のように理論武装された科学者の意見を聞いても、やはり一般の消費者は“危険”とか“健康に良くなさそう”とか“環境に悪そう”という感情のイメージにながされます。
某番組の茎茶や納豆、バナナがやせるというデマは、なんとなく、健康に良さそうな食材だからやせそうとか、意外性や手軽さなどから流行りました。理論は関係なく、完全に感情にながされた例だと思います。
科学者の意見を一方的に述べても、反対意見の人には正直わからないだろうし、納得もさせられないと思います。発表のあとに反対意見の人を招いてディベートとかパネルディスカッションとかやってもらえれば、科学者と一般市民のギャップが縮まったのではないかなと思いますね。